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市民公開講座

市民公開講座のお知らせ

会場 有楽町国際フォーラム ホールC(第1会場)
日時 平成26年6月29日(日) 開場:午後1時 開演:午後1時半
会費 入場無料
定員 300名(※定員になり次第、締め切らせていただきます)
主催 社団法人日本東洋医学会、日本漢方生薬製剤協会
後援 毎日新聞社

[チラシPDFのダウンロードはこちらから]

インターネットからのお申込

事前参加登録期間:6月26日(木)まで
※定員になり次第、締め切らせていただきます。

市民公開講座の事前参加登録を締め切りました。多数のご応募をいただきまして、ありがとうございました。

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講座内容

講演 漢方名称物語 「漢方薬の名前はなぜ難しいのか」
演者:
三浦 於菟(吉祥寺東方医院院長)
漢方講演 漢方名称物語への誘い
もし漢方薬の名前がカタカナだったら−漢字表記だからわかるその働き−

 アセトアミノフェン。薬の名前です。これ当然読めますね。車の名前だってカタカナだし、なんか効果ありそう。では、意味わかりますか?

 リッコウサン。漢方薬の名前です。読めるけど、西洋薬の名前と同様、意味不明。でも漢字で立効散と書くと、少しわかる気がしませんか。効の字から、効果がある薬なのだと。

立の意味はわからない?いやいや実は理解可能なのです。立とは立春、立夏の立です。立春とは2月初旬で、これら春が始まる時期、すぐに春になる時期。つまり立とは、すぐに、という意味なのです。立効散とは、すぐに効果がでる粉の漢方薬(散剤)という訳です。主に歯痛や口内炎に使用されます。歯痛ほど、すぐに治ってほしい痛みもありませんしね。麻雀のリーチは立直と書きますが、これはもうすぐ上がるよという宣言となります。

 アセトアミノフェンとは、感冒や歯痛、疼痛などに使用される解熱鎮痛薬です。西洋の立効散と言うわけです。

 真武湯、当帰四逆加呉茱萸生姜湯、五淋散、平胃散。このように漢方薬の名前は、漢字だらけで、非常に取っつき難く感じられます。でも漢字だからこそ、西洋薬に比べ、理解する事ができるのです。漢字の名前には、漢方薬理解の秘密が隠されているとも言えます。今回の講演では、その秘密を皆さんに楽しくそっと教えます。講演を聴けば、漢方薬がきっと身近なものと感じられるでしょう。

 そこで講演に先立ち、まず予備知識を。漢方薬の名前の代表的な付け方には、次のようなものがあります。

  • ①重要な働きをする生薬による命名…葛根湯は葛根が重要な働きをします。
  • ②方剤の働きよる命名…先の立効散がそうですが、他に大腸を潤し便秘を改善する潤腸湯などがあります。その他、啓脾湯、平胃散、温清飲、加味逍遙散など。
  • ③方剤が適応される病気の状態…打撲の改善に仕様される治打撲一方などがあります。その他、四逆散、五淋散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯など。
  • ④中国思想による命名…小青竜湯は、東方と春の神様である青竜から付けられました。その他、六君子湯、真武湯、白虎加人参湯、女神散など。
  • ⑤構成生薬の数による命名…八味丸は、八つの生薬から構成される所からの命名です。その他、六味丸、五苓散、四物湯など。

 最後に、最も絶妙で気の利いた漢方薬の名前をあげましょう。それは帰脾湯(きひとう)という薬です。その由来は講演でお話ししますが、ヒントを書いておきます。皆さんで考えてみて下さい。

①帰は当帰という漢方薬。②帰には、帰着する、責任の所在などの意味がある。③脾とは胃腸の意味。 では6月29日日曜日の午後1時に、有楽町東京国際フォーラムでお会いいたしましょう。

講談 漢方復興物語 「漢方復興の祖、和田啓十郎伝」
演者:
神田 香織(講談師)
漢方講談 漢方復興物語への誘い
もし漢方医学が滅んでいたら−滅亡から救った医師、和田啓十郎とは?−

 1000年以上前から、日本人の健康に貢献してきた漢方医学。実は一度滅びかけた事があったのです。

 明治時代初期、時の政府は、西洋医学を日本の医学とする方針を固めました。医師は西洋医学を学んだ者だけとしたのです。世は文明開化の時代、古いものは見捨てられた時代でした。こうして漢方医学を学ぶ人は、ほとんどいなくなり、滅亡寸前までになったのです。

 医学とは人を治すものだ。西洋とは、風俗生活習慣が異なる日本人に、ふさわしい医学があるはずだ。いやかってあったのだ。漢方医学の復興普及こそ、今の日本には必要なのだ。この切なる思いから、明治時代末期、漢方復興ののろしを上げた医師がいました。和田啓十先生です。先生は『医界の鉄槌』を出版し、これを契機として漢方医学は徐々に普及し始めたのです。

 もし和田先生がいなかったら、漢方医学は今日、滅んでいたかもしれません。滅んでいたら……。病気の治療手段が、確実に少なくなっていたはずです。

 では一体なぜ、先生はのろしを上げたのでしょうか?そこには、壮絶な経験と思い入れがありました。では『医界の鉄槌』は、医師達から歓迎されたのでしょうか?和田先生は世の常を、しみじみと知る事となるのです。

 和田先生は、野口英世と同じ済生学舎(今の日本医科大学)に学びました。漢方の滅亡から救った和田先生。もっと知られても良い医師といえます。

 今回の市民講座では、ベテラン講談師神田香織師匠が、和田先生一代記を語ります。和田先生の思いと情熱が私たちの胸を打ち、その時代に生きていたが故の悲しみと切なさが、私達の「こころ」に響くでしょう。本講談は、他では聞くことのできない、神田師匠の創作講談です。

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